ごめんなさーい

好きだからといってすべてを肯定したくないし嫌いだからといってすべてを否定したくない。好きや嫌いに理由はいらない。

理由づけすると安っぽくなる。安いものが悪いわけではないけれど。そこに安っぽさはべつにいらないかなと思う。前も書いたけど、そういうひとじゃないという言葉が好きではない。勝手に期待しがちでなおかつ同情するのが好きな人間の気持ち悪さを象徴している言葉だと思う。人間らしい気持ち悪さは好きだが、この気持ち悪さは不気味で怖くて好きになれない。

私は以前人の気持ちを考えることは妄想と同じだと考えてきた。今でもそう思う。気持ちなんて絵の具のようなもので一つの色でもなければ同じ色同じ瞬間なんて二度とこない。その日その時の私の状態でも見える色は違う。月が赤く見えるのは空気が澄んでいない時。強い色しか届かないから。そんなものを鋭く見極めるのは、無理な話だよ。だけど最近はちょっと変わった、人の気持ちはぜったいに考えないようにしているけれど、心理?背景だけは少しだけ自分なりに考えるようになった。自分なりに という自己満足フェスティバルな言葉は好きではないが、好きじゃないことをするのも人生だ。自分のものさしではかっている、自分の感性で感じられるもののなかで生きている。私の人生を彩るのは、思い出だけじゃないと信じたい。