興奮するわボケが

今週のお題「私の沼」


私の沼って、わたしの沼かあ〜〜。まっさきにうかんだのが恋とか乙女すぎてきもちわるーーーい!そこはなんかゲームとかだよね。

でもそういうのないから全然関係ないけどわたしの底なし沼の話がしたい。

水商売

専門学生の頃、給料が年間130万円を超えるとまずいけどこのままいけば確実に超えてしまうのでということで始めたのがきっかけだった。

面接で合格して、その時に、水商売は人生の応急処置だからと言われた。その時はべつにああそうかもねと思っただけだった。

たった数時間で7500円もくれんの!?てすごいびっくりした、最初。

そのお店で働く一週間前にやった派遣のバイトの給料をとりにいかなかったことを覚えてる。とりにいくのが面倒だと思った。今思えばその瞬間から十分狂っていた。

おさわりもそんなになかった、ただただ酒をのんで笑って話を聞いていればよかった。ただ夢のない話が私の心をすり減らしていくことだけは内心分かっていた。分かっていたけどやめられなかった。

やめない理由はひとつだけ、遠距離の大好きな彼にもっともっと会いたかったから。

毎日泣くようになった。こうなるのはどこかで分かっていたから、逃れられないものに感じて余計につらかった。彼にひどいことを言うようになった。彼を傷つけるようになった。すり減った靴底はもう元に戻らない壊れた靴は直せるけど。好きな気持ちも一緒にすり減ればいいのにと本気で思ったけど、それでも毎日泣いてただ自分の心だけすり減っていってむしろ体が死んでほしいと思った。

そんなこんなで私に水商売をやめる時が来た。やめて調子が良くなったけど、やっぱり取り戻せないものがあった。同棲を始めてお金に困るようになって、私はまた水商売をする。

あの時の言葉の意味がやっとわかる。

応急処置だなんてうそだ、そう思いたいけどそれが真実だった。自分の労働力では間に合わないので自分を売る。そういうことだった。最もだめだったのは、それがどれだけのことなのか分からずにやっていたこと。

次のバイト先は給料がよくて数時間で1万円もらえた。わたしはただただ安心した。これで生活をまもることができる、あの人が飲むビールを買える。なんとかなる、その言葉は意外に怖い。相変わらずまた毎日泣くようになったけど、あの人がビールをのんでいるところを見れば、疲れとかつらさとか全部どうでもよくなった。私の危機感は狂っていった。ふつうのバイトをしなくなった。

かけがえのないものを犠牲にして毎日女子高生の制服を着てニコニコ笑っていた。

そこからはもう底なし沼で全部失う。

自殺か自殺未遂をしたひとにしか理解できないかもしれないけど、心は臓器。不思議だけど、体、臓器と同じで心もやられると生きていけなくなる。願わくは自殺する人たちに生きたくても生きられないひとだっているという言葉はかけないでほしい。自殺する人たちも 明日を生きたかったよ、話が逸れた

+αとしてやるのはいい、余った自分を使うのは構わないから。逆に応急処置としては絶対にやるものではない。

お金は大事だ、でもそれ以上に

自分の労働力で暮らしていくことができることがとても大事だ。